ユダヤ問題を衝く (六〜十・11)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100383007
1941-12-02
満州日日新聞
(六) 支那事変とユダヤ人 世界攻略の別働隊日支危機蔭で煽る魔手に踊る重慶政権
本社
そうなると、フリー・メーソンはユダヤの世界攻略の別働隊になって来る、結局蒋介石はユダヤに利用されておるということになり、支那事変を解く鍵もユダヤ問題でなくてはならなくなる、一体彼等が支那―東洋に乗込んで来たのは何時頃からですか?
浜野
歴史的のあれから言うと西暦前三世紀頃支那にユダヤ人が来たことが書いてあるのですが、その後ずっと後になって河南省開封にユダヤ人が建てたシナゴーグ(教会)が約三百年位続いて、全く他の支那人とは結婚しないでユダヤ人だけの血族結婚をして、ユダヤのセッツルメントを作ったと云う歴史が残っておる、今
でも開封に行くと、その当時の石碑が残っていて、ユダヤ人の慣習を保持している、
例えば割礼をやるとか、その他のユダヤ人の習慣を守っておるために、あそこで監相回子と言われ、異教徒ということは知らないでおるが、当時のユダヤ人が最近まで残っておるという事実がある、
これと今日発展しておる我々が今日言うユダヤ人とは大分変ってはおるのですが、歴史の上ではそういうユダヤ人が古く支那に来たという事実が残っておる
そうしてその後に来たユダヤ人が今の印度から来たサッスンの如きも、印度に持っておる三十億の資本の三分の二を支那に移したというのが近世の歴史のユダヤ史である
更に別の意味において今度のヨーロッパ大戦でユダヤの避難民あれが今日楊樹浦に入っておる
今日支那におけるユダヤ人は三つに区別しておる、
開封に来たもの、
それから印度から移って来たサッスンのような今日の既成財閥となっておるユダヤ人、
更にドイツを逐われた最も多□の三万以上の避難民、
斯う三つに区別して宜いと思うのです
が歴史的のものを抜いてサッスン以後のことをお話したいと思う
ユダヤ人から言わせれば、例えばソーファー等は上海はユダヤ人の楽園だと判っきり言っておる、
此処へ来ることはまるで自分等の発展の地として目がけて来ておる
これは(冊子を示し)私の書いた諭文なんです
が、サッスンが来たのは最初はダヴィッド・サッスンで一七九二年から一八六四年まで生存していた
が、これが今日のサッスン家の先祖でその子供が、サー・アルバート・アブラハム・サッスン、
その弟がサー・エーディー・サッスン、
それの子供がサー・セコブイ・サッスン、サー・エドワード・サッスンというようなものになる。
一方にはサー・アルバート・サッスンの子がエドワード・サッスン
、斯ういうようなものがユダヤ・サッスンの子供が三人印度から来て上海の土地、殊に土地が主なものですが今日の大なる資本を作ったのです、
それでそうなってからサッスンが結び付きをしたのが重慶の俗に言う逝江財閥との繁がり
で、逝江財閥は既ちサッスンの資本への恊力に依って動いておるのだということを言われておる位でして、
サッスン銀行と国民政府というような関係が極めて密接なものになっておるわけです、
そのサッスン銀行とそれからイギリス系の対支輸出商社組合というものが更に支那の重慶銀行の中国農民銀行、中国銀行に関係を結び、それが間接に香港上海バンク或はバンコックのイングランド銀行というものに結び付いて、その別働隊として働いておるのが支那政府の重慶側中国建設委員会となって、今日の政権の財閥方面を掌握していた事実から見ても、今日の支那事変というものがユダヤ人と最も密接な関係にあるということは見逃すことは出来ない。
これは確報された事実ではない
が、一つの説として我々の記憶に残っておることは、此処(ここ)で最初に北支事変が日支事変に展開した時の動機になった大山事件の――大山大尉及び斎藤一水を殺したその犯人は実はフリー・メーソンの使嗾を受けたものであるということを当時言われたサラエボのプリンチップと同じように大山事件にもフリー・メーソンの魔手が働いておるということを聴かされた、
これは別に確報されておりませんからコンファームする必要がある
が、そういうような関係があるので、日支事変というものを突き詰めて行くとやわりフリー・メーソンが、更にその奥にユダヤというものが動いておる
サッスンが何時もニューヨークに行き、印度に行って言っておることを聞くと、日本の問題について最も深い関心を持って、それに種々な批判を加えておるということも、やわり彼等が如何に日支事変というものに大きな関心を持っておるかということが分ると思う、
それがまあ……現代になってのユダヤ人の上海における暗躍と云うか、動きですね。
本社
そこで一つお訒きしたいのですが、第一次上海事変当時国際連盟の調査団が来た……
浜野
ライヒマン・アースですか、あの調査もイギリスの手に依って完全に懐柔(かいじゅう)してしまうというのが当時の彼等の考えだったのではないか
長谷川
満洲を国際管理下に置こうというのでしょう、あの論文を書き上げたのはフランスから来たアースであってあの時にフランスの代表であったのが将軍の名前を何んと言いましたかね、そうクローデル将軍が斯ういうことを言っておる
自分は国際連盟のあの連中と附合うのに非常に困難をしたけれども、自分の国の代表であるところのアースと自分とを旨く折合いをする程に難かしくなかった、
アースと一緒に仕事をするのは非常に難かしかった
クローデル将軍には私もあの当時一緒に附いておったのですが、この人は非常な親日家であった、
これは日本にとっては非常に有利なように色々な事を運んでおった
具体的なことは一寸申上げられないのでがね……
本社
満洲に投資するとか何んとかという論があったのですね
長谷川
(六十七字省略)
本社
満鉄を賈収しようと言ったハリマンはどういう関係があるのですか?
浜野
あれは小村侯が横槍を入れなければあの当時満鉄は恐らくハリマンの統率下に入って、今日国際鉄道というものがやわりアメリカのユダヤの手の下に入ったでしょう
が、幸いにして小村侯が……既に桂総理とアメリカの代表と仮調印したのを破毀させたのですがああいうような手はユダヤ人が国際的の取引或は条約によって、よく打つ手だ。
本社
日本が満洲国を盛立てて行くということはイギリスとかアメリカとかユダヤ系の国家にとっては非常な□の種なのですネ
浜野
ユダヤ人の国際主義がこれと対立的の国家主義及び国家思想を破壊するということになると、今日一番国家思想の強いのは日本とドイツなので、ドイツを逐われたユダヤ人がドイツに対して最も含むところあると同時に、日独伊軍事同盟からしても将来ユダヤの国際主義を樹立するのに一番邪魔になるのは日本ですから、彼等は日本国民を堕落させ、日本を国家主義から国際主義に移すということに最も目標を置いておるところだと思う。
長谷川
ユダヤ人が満鉄を狙ったことについて、もう少し経済的に考えたら……交通的に考えたら、満鉄というのは鉄道としては世界一の地位にあると思う、それは何故かというと。ヨーロッパとアジアを最短距離に結んでおるのが満鉄であって、ヨーロッパからアメリカに行く場合でも汽車を利用して極東にまで出て、極東からアメリカ行の船に乗るという手も考えられるから、アジアとヨーロッパを最短距離に結んだという点で非常に重要な鉄道ではないかと思う、その点にユダヤ人が着目しないということはあり得ないですね。
出席者(順序不同)
於上海・新亜細亜ホテル
満洲国上海総領事館
今島 凡骨氏
同 酒井 広治氏
上海税務専門学校教授
浜野未太郎氏
満鉄上海事務所中嘱託
長谷川泰造氏
[写真(写真は上海華徳路ユダヤ人避難民収容所内の礼拝堂)あり 省略]
(七) 上海に於けるユダヤ人の経済力 英権益に巣喰うユダヤ財閥の魔力 投下資本三分の二を占(し)む
本社
フリー・メーソンの一員として蒋介石の、重慶政府の対ユダヤ政策で、何か表面に現われたものはないですか、支那事変なんかと関係があって
浜野
重慶政府はユダヤのことは呑み込んでいても一つも外に出さないのではないか
長谷川
事変前には外国の顧問というようなものが、前の国民政府の中に三百人位入っており、その三百人の連中が活躍しておった。
これは今から考えて見るとユダヤ人ならざるドイツ人その他の国民なんかがおったのですが、これなともユダヤ的色彩のかなり濃厚なものが多かったのではないか
本社
アメリカから来ておる私設顧問のラテイモアを始め各専門家が来ておるし、最近ではマグルーダーという将軍が来た、その他経済関係のコクランやフォックスとか、この間帰ったグレーデイ等沢山往復して重慶とアメリカとの関係が人に依って繋がっているようですが、結局そういう人間がどういう系統のものかということがかなり重要視されるが、これについてはどらでしょうか?
長谷川
それは私は能く判っきり申上げられませんが、事変前に蒋介石に附いていた人間で一番重きを置かれていたのはモリス・アブラハム・コーヘンでこれは非常な勢力を持っていた。
これは外国の新聞で見たが、この男は支那の実際の参謀総長であり、外務大臣であり、大蔵大臣であるというようなことが書かれておった。
モリスは元はドイツで生れてイギリスに渡って、イギリスではホワイト・チャペルに住んで、学問してその時に支那の亡命家に相当の知己を求めて、支那語もそこで習った。
それからアメリカに渡り銀行業をやってしこたま金を儒けてその上で支那に渡って来た。
アメリカにおる間にはポール・ワーブルクというクーン・ロエブ商会の親玉、連邦準備銀行の親玉である人間と関係を結んで、そうして支那に来ておる間、支那に対する工作費としては全部ポール・ワーブルクから出させていた。
これが絶大の力を持っていたということをいわれております。
浜野
モリス・コーヘンですか、アブラハムだったか、私が孫文と広東から□関に行った時に、私の知っておるのにモリスというユダヤ人があった。
カナダから支那に来て、カナダではボクシングの教師をしていたとか、それが孫文の護衛として附いていたが、学問もなし、唯力があるというので孫文の護衛として連れて来た男ですが、それが護衛であるので最初カーネル(大佐)の称号を与え、孫文が死んでからは孫科に附いていたが、香港ではこのモリスがゼネラルだと言っていたが、あのモリス・コーヘンとは別でしょうね
長谷川
今浜野さんのお話を聴いておると同じじゃないかという感じがする。
蒋介石に初めから附いていたのではなく、最初は孫文に附いていたということはちゃんと私も本で読んでおる。
これはネスター・ウエブスターの本の中にある、本の名前はトレール・オブ・サーベントというので、その外に「地下連動―秘密結社」という本の中にもある筈ですから……
浜野
若しあのモリスだったら学問の無い男で、最近は孫科と喧嘩をして呉鉄城と香港に暫くいた。
これは昭和十二年に香港で会ったのですが、あれだったら銀行とかそういう方面には関係しなかったでしょう。
長谷川
それはカムフラージュされていたということはいえないか?
浜野
余り頭の無い男ですが
本社
次に上海におけるユダヤの経済力等について今島さんどうぞ
今島
却々これは重大問題で私の少しばかりの調査を報告するとしても、とても二時間や三時間では述べつくせないから、詳細は又の機会に譲る
として、極く簡単にサッスーン財閥を中心とするその関係企業と云うようなものを一瞥して次に在満ユダヤ人との関係に就いて概述させて頂きたいと思う、
在支経済を支配しているイギリスの経済力はこれを構成する民族資本的見地から見れば大体ユダヤ系資本とスコットランド系、つまり、純イギリス系資本とに二大別出来る。
前者は主として香上銀行の傘下にサッスーン財閥を中核とするセファルジム派ユダヤの大コンツェルン
で、後者は麦加利有利の二銀行を中心とする恰和、太古の両財閥である。
然しこれが決定的経済力を有するものは、素より前者で、
イギリス在支権益約四十億元(事変前の調査)と称される三分の二は、挙げて前者の投資に掛っていると云う事実に依っても瞭かである
今ユダヤ財閥の中核サッスーン財閥の関係企業を□見すれば、一方香港において香上銀行に資本参加すると共に他方上海においてはE・D・サッスーン洋行が「テビット・サッスーン」洋行を組織し、これを通じて中国建設銀公司、揚子江銀公司と連□し、
一方又中国農民銀行に出資して浙江財閥と包含し、
更にその他の各企業においても支那土着資本と殆と反間的に連繋している、
而して上海における金融関係を見るにE・D・サッスーン銀行を中心に、中国国際投資信託、アーノルド信託及び揚子江銀公司と関係して上海における信託を左右し、不動産方面に在っては華懋洋行、中央地産及び業広地産を擁して首位を占め
貿易部門に在ってはアーノルド洋行が中心となって恰和洋行につぐ勢力を有している、
而して上海における公共事業に至ってはサッスーンの関係なきもの絶無と云う実情である
こうしてサッスーン財閥の中核E・D・サッスーン洋行は、カドーリー財閥の中核カドーリー又子洋行を始めとし、エズラ、ハードンヨセフ等の所謂国際ユダヤ五大財閥の関係各諸会社にも資本参加し他方又スコットランド系財閥の中核恰和、太古の両洋行関係企業とも相関連して香港、上海を中心に在支経済界に君臨している状態です
次に在満ユダヤ人との関係ですが、現在上海に本店を置き満洲主要都市に各支店を有する外系諸会社を見るに、いずれも直接又は間接的にユダヤ資本の注入を見るか、然らざるものでもその高級社員の多くはユダヤ人に依って占められている現状で、
何等かの形に於いて在満ユダヤ人と関係があるが、今その主なるものを挙げてみると哈爾浜、奉天、大連に各支店を有する香上銀行及び直接ユダヤ資本の参加はないが、前者の密接な取引関係にある啓東、ロパー、キーストン等の英、米煙公司子会社がある
而して大連に本店を有し上海、奉天、哈市等にそれぞれ支店を有するものに百利洋行及び奉天、哈市安東、その他に子会社乃至支店を有するものに、祥茂、仁記、和記平和、瑞記の諸洋行を始めとし、哈市に在っては「オークン・アルコーン」「ペイント・ファクトリー」マルス製菓「スエトコ・スイス」「ブランスウィック」等大小三十数社がある(以下二十行削除)
本社
イギリスの概益をアメリカが肩替りしてるというような観方をしている者もいますが
浜野
イギリスが極東から手を引き、それに代って来るものはアングロ・サクソンのアメリカである。
ですから一九三五年十一月五日フィリッピンをコンモンウエルスとする約束をしたが、今では全くこれに反しフィリッピンの独立を許さず、更にこれを星条旗の下に今後□置こうとしている。
そうしてフィリッピン人をして飽く迄もアメリカの旗を翻して独立を希望するものではないという運動を起しておる。
これは昭和十年(1935年)迄のアメリカの形勢とその後のアメリカの対東洋政策というもの変更がそこにある一番分りの易いものと思う。
昭和十年の初頃に上海のイヴニング・ポストが支那弗五十万弗で売りに出た、
アメリカとしては当時もう極東から手を引き、フィリッピンにも独立を与えれば機関紙の必要もあるまいというので、財政的にも当時は良くなかったので、五十万弗で売りに出した。
しかし五十万弗では高い、三十万弗及至二十万弗位と言って話がつかなかったので、その儘となってしまった。
昭和十年です、それが今では寧ろ飽く迄これを維持するということになって来ておる。
この具体的の事変を見てもアメリカが昭和十年を境として極東から手を引こうとした事実が分る。
今イギリスが手を引いた場合に、アメリカがそれに代って来る、
斯ういうような情勢にならなければアメリカは極東に手を伸ばそうとは思わなかったのだ
が、イギリスが一歩後退、二歩後退するに随って反対にアメリカが一歩前進二歩前進して来たわけだ。
本社
それから一時はサッスーンなんかも日本の財閥に事業を移管して香港の方に行くというようなことがあったのではないですか?
浜野
あの頃とは一寸情勢が変っておる、
サッスーンの立場は別ですが、印度から移したと同じように、全部退却はしないまでも例の南米方面へ形勢が悪化すれば持って行くかも知れない。
[写真(写真はアブラハム邸内に作られし""スカ""猶太新年(今年は九月二十二日)を此の小屋にて過す―昔彼等の祖先がモーゼに率いられ放浪を績けたるを偲ぶ催し)あり 省略]
出席者(順序不同)
上海・新亜細亜ホテル
満洲国上海総頒事館
今島 凡骨氏
同 酒井 広治氏
上海税務専門学校教授 浜野末太郎氏
満鉄上海事務所嘱託 長谷川泰造氏
(八) 上海に居住のユダヤ人問題 独逸難民の氾濫で三万五六千に達す在支外国人の第一
本社
それでは上海におけるユダヤ避難民問題についてお願いします。
浜野
このユダヤの難民が最近ドイツを追放せられて来たかということで、一番彼等に有利なのは、ドイツ、オーストリー等における支那の総領事がユダヤ人の支那行に対して容易に査証を与えたことです。
それは蒋介石政府の財政救護のために、本国政府から在外公館の経費支弁にも窮しておるので、手数料さえ出せば収入第一主義で査証を与えて呉れる。
即ち一人当り五千マルクの手数料で査証が取れるいうので手続の面倒な国へ行くよりも支那へ多数のユダヤ人が来るようになった。
第二の理由として彼等の民族性からいって米国に行くには生活費が高いし、渡航条件が困難である、
といってフィリッピンやミンダナオに植民地を作るということは彼等の民族性からいって困難で結局支那へ来ることになった。
第三の理由は支那においては他の諸国におけるような差別待遇とか迫害を受けないので、上海が彼等に取っては楽園であるという点でありましてこの点についてはセシル・ローズという人が書いた「ユダヤ民族小史」に全亜細亜においてユダヤ居住地域として不便のないのは支那と印度であると書いてあります。
それから先程も申上げましたが一九一九年十一月の二日にバルホアーがパレスタインにユダヤのナショナル・ホームを作るということを約束した時に、当時上海のシオニスト協会に対して支那政府はイギリス政府と同様ユダヤ人の祖国建設に満腔の同情を□に表するということを表明して、シオニストの協会から支那政府にシオニストは感謝するということを書いておる。
ユダヤ人から言いますと、上海というとこは、最も望ましいところであり、殊にユダヤ人の往くところは必ず大都会であった。
彼等の目標とするところはアメリカでもニューヨーク、シカゴというような都会であり、上海はユダヤ人に取っては適切な国際都市であるということが此処に来だした理由であると思う。
その結果今から見ますと昭和十三年未頃からヨーロッパを追われた彼等で船客は一ぱいで、一昨年十一月コンテ・ヴェルテ号等は九百人乗っておった、
それが全部上海に上陸して、しかも彼等は装飾品とか手廻品は相当持っているが所持金は少く上陸早々生活にも困り救済委員会で収容所を建設し、その当時サー・ビクター・サッスンが十五万支那弗を寄附して難民救済に当った、
ところが斯ういう調子で上海に来ましたために、ユダヤ人が殖えてこの儘で殖えて行ったならば困る。
これは工部局当局だけでなく日本側としても事変以来支那の難民が殺到して困っておるところへ、更に外国から斯ういうユダヤ難民が来られては困るというのでユダヤ□要しない。
支那事変は、東亜に対する白人
ところがもうその時には既に遅く二万六千と領事館の方では言っておりますが―その後我々が大体種々の見当から見て先ず三万二、三千から三万五、六千にはなっていると思うのでありますが―入り込んで来ていた。
そうしてこれ等のユダヤ人が最初来ました時に金が無いので、華徳路、愛而考克路、平凉路、荊州路の建物に約八千人の収容所を造って、そこへ収容した。
それで最初来ました時の全収容者のマネージャーであるユダヤ人ワインバルクに訊いたのですが、一体こんなに入って来てどうするのかと、そうとたら、今は職業を持っていないが、今後一、二年後には恐らく大部分の者が職業を持つ事になるだろうと思う、そうして我々は此処を安住の地として将来の生活を立るのだということを言ったのですが、これは成程ユダヤ人から言えば安住の地かも知れぬが、今まで言ったような我々の考え方からすると国家主義を破壊し国家思想をぶち毀すことを目的にしておる国際主義の思想の持主であり、陰謀のやり手であるユダヤ人が日本に一番近い、而も皇軍の占領地区に彼等が永住するということは非常に危険なことである。
これについては私は当局として何等かの方法を執らなければならないのではないかという事を考えたのですが、これに対して色々な解釈をする向もありましてナーニ八紘一宇の大精神の下に包容してやれば宜いんだということを言う方もありますが、これは成る程数の少いものが入って来て、そうしてそれが旅行者とか或いは一時的の見物視察者というような意味であるならば問題ないが、此処を永住の地として一船で九百人も殖え今日では三万何千となり、支那における外国人として日本に次いで第二の多数を占めたということは最も警戒しなければならぬことではないか、それも普通我々が考えている第三国人でなくして、ユダヤ人というものの民族性、彼等の性質を知る時において、これは最も油断のならぬものであります。
ナチスの人の話でありますが、上海に来ておるユダヤ人はこれはドイツにおいても最も性質の悪い犯罪的素質を持った者が多いのだということを言っております。
これは楊樹浦行のバスの中に多く掏摸があったとか、最近犯罪が頻繁に行われるというようなことも楊樹浦における難民ユダヤの素質からいって当然なことだと思う。
それからもう一つこれは先程の宣伝の問題に繋り話は一寸横道に外れますが―
当地の英字新聞はドイツを追われた難民ユダヤが犯罪をした時には決してユダヤ人が悪いことをじたと発表しない、
ドイツの移民が掏損をしたとか何とか必ずドイツ移民という字を便用して、恰もドイツ人が悪いことをしたような印象を与えておるのです
が、一度び何かユダヤ人が善い事をしたというような場合にはジユー、ユダヤ人という字を使っておる、如何に宣伝というものに気をつけておるかということが分る、
悪い事をした時には決してユダヤ人ということを言わない、Jという字が附いておるのはパスポートだけですが、それをユダヤ人とせずにドイツ移民というように悪名を宣伝の一つとして使っておることもやわり我々は記億に止めて置く必要がある。
斯ういうようなユダヤ人が今日三万人以上も楊樹浦に巣喰っておる、
そうして彼等が何をやるか、恐らく彼等のやることは決して労働はしないのですから
先ずカフェーを開店するとか、或は音楽家になる
或は洋服の生地を売って歩くとか、
ぶらぶらして何か仕事にありつこうとしておる、
手足を労せずして金を儲けることを考える。
[写真(写真は上海愛而考克路のユダヤ難民収容所)あり 省略]
(九) ウィルソンを操り国際連盟を創立す 金と女で政治家を利用
浜野
最近このユダヤ人が考えついたことは、上海は住宅難が酷いのでそこにつけ込んだのが彼等で、先ず新聞の部屋貸広告を見ると必ずユダヤ人が行って、先ず大体の見当を付けてそのアパートに手付を打ってそうして後から来た人にそのアパートの貸す権利を高く売付けるというようなことをやっておる、
これは英字新聞でも最近書いております
が、そのアパートに行って見ると先に大体借手がついておる、
それでは借りるのかと思うとそうではなく先ず手付金を行って置いてこの借りる権利を高く売るのである、
これはユダヤの地主或は家主と結託をしてそういう方面に手を伸ばしておる
それからもう一つは支那人がストライキをやる、
この前の瓦斯会社の大きなストライキがあった
が、この会社の重役会長であるエリス・カードリーがユダヤ人
でストライカーの代りにユダヤ人を入れたのは当り前である
それからカセイ・ホテルの時のストライキにもやはりユダヤ人を代りに雇入れた、
それに最近では欧洲戦争のためにどんどん外国人が本国に帰り応召(おうしょう)して行く者が出て来た、
その後義勇隊その他手の足りないところへ誰が入り込んで来るかというと皆彼等であります
からして、即ち今までのイギリス人或はアメリカ人その他の者に代って入り込んで来たのがこのドイツ難民であるユダヤ人である
パスボートこと成る程ドイツ称であるが、彼等の思想からいって全く□□とは反対の立開にある寧ろ英米系のユダヤ人が、この上海に勢力を置いて来る、
今までは財閥に依って支配された上海に今度はそうした数において更に強いユダヤ人が根を張って来るのではないかということを考えると私共は非常危険な感じがするのです
本社
それからABCD包□陣とユダヤ力の関係を……
浜野
資源獲得という上から言ってアメリカとしては仏印まで日本が伸びることは問題ではない、
イギリスとしては泰国に手を伸ばされることは怖ろしいが一番困ることはゴムと錫、石油の資源である、
だから関印に日本の手の及ぶことを怖れて、これを妨害牽制するのは…之を牽制して日本が関印に手を伸ばさせないようにしなければならぬというのがアメリカの政策で、
この石油の利称を誰が持っておるかといえば、これはユダヤの力であり、
それから錫の如きもマレーの錫と同じに大部分がイギリスのユダヤの資本でコントロールされておる
というようなことから、今の関印を中心にした南洋の資源が日本の手に落ちるということは、ユダヤから言うと、彼等の資源を日本にその備コントロールさしてしまうから、どうしてもアメリカをて、日本が関印に手を伸ばすことを牽制する
その場合に戦争になることは困るので、そこだけは何とかして保ちたい、
それで愈々それが出来ないならば、関印の油田を全部爆破してしまう計画まで出来ておるということを宣伝もしている、
それだけアメリカのユダヤ人は躍起になっておる、恐らく日米問題の色々なキッカケになるのが関印であると思う
ユダヤ人の政治家利用
本社
それでは今度は角度をかえて長谷の川さん、ユダヤ人の政治家利用について
長谷川
世界中のユダヤ人が全部で千六百万人おるとして、世界の人口の百四十分一位しかないわけです
が、その百四十分の一しかないユダヤ人が世界を動かすような離れ業を演じておる
のは何処に原因があかというと、各国の要路にある政治家その外重要人物を彼等が利用することが出来るという点にあるだろうと思う、
その彼等が政治家を利用する時には必ず過去に□い蔭のある人間、
しかもそれが余り世間に知らてないような人物を―用する、
それ等の人物が一流の人物になるように彼等は仕上げる、
その上で何処までも彼等の財産として利用する
一番好い例はウィルソンです
が彼は世界大戦以前にはブリンストンの大学の総長をしておった
が、その時に暴露されたら一大事の婦人の関係あった、
その婦人の関係があったということを見て見ぬ振りをしたのがユダヤ人の一方の団長であるバーナード・バラックで、
この人は相当重要な人物で現在はルーズヴェルトのブレーントテストの一人として活躍しておる
が、世界大戦中にはアメリカの兵器委員長を勤めてア
メリカにある兵器工廠の殆んど全部(僅か二三の例外を残して)を左右しておったような人物で、
そのバーナード・バラックがウィルソンを利用することを考えたわけです、
これを一流の人物に仕上げて利用してようと、
ウィルソンは一九一一年にニュー・ジヤージーの知事に持って行かれた、
大学の総長をしておって政治にはズフの素人です
が、その素人のウィルソンをニュージヤージー州知事に持って行った、
ニュー・ジヤージーは御承知の通りペンシルバニア鉄道のあるところ
で満鉄を構取りしようとしたところのユダヤ人ハリマンが相当の勢力を持っておる、
ハリマンと申しましたところでユダヤ人のセコブ・シッフの乾児です
がそれが勢力を持っておるニユー・ジヤージーにウィルソンを持って行った、
その翌年の一九一二年は大統領の改選期であったその時にはウイルソンを大統領候補者として立たせた、
そういうこともバーナード・バラックその他クン・ローブ商会のワーブルクあたりがこれを工作した
この時はフーウアとかタフトが競争者として活躍した
が、ウィルソンは絶対多で以て大統領に当選して、そうしてユダヤ人の思いの儘になるような人物になった
先程申したような、ニュー・ジャージーのような小さな州から大統領を選挙するというような例は未だ曾てなかった、
それから一九二〇年にヴェルサイユの平和会議が開かれますと、ウィルソンが出かけて行った、
大統頷が任期中に海を越えてヨーロッパに旅行するというようなことも、アメリカとしては絶対にそれまで例のないことで、
これは不文律としてそういうことはないように決められておったようなものであった
が、それをさえ破って平和会議に出て行った、
それからウィルソンは非常な独断的な性格の持主で、
それについて非常な非難を受けておりました
が、ウィルソンが独断的な性格をを持っておるのでなくて、
何時もバーナード・バテックが蔭に隠れていて、
彼の言うことはウィルソンは必ず聞かなければならなかった、
そういう関係にあった、
平和会議の時もバーナード・バラックはウイルソンに随行して行き、
そうしてアメリカへも一緒に帰って来た、
そして新聞記者とのインタービューの時時俺はジョージ・ワシントン号で帰って来たということを語ったさつごすが、
それはウィルソンと一緒に帰って来た、
ウィルソンの行動は全部見届けてその上で一緒に帰って来た
ということを言っておるわけです
この平和会議で問題になったことは大体はウィルソンが提案した
のですが、その第一提案は国際連盟のの立である、
もう一つは少数民族法案連過、
この二つでありますが、これは二つともユダヤ人の利益を主とした問題である
ということを考えて見ると、ウィルソンが如何にユダヤ人の利益のために行動しておったかということが分る
のですこれはウィルソンの例でありまして、
このアメリカでは女の関係が問題になる、
アメリカにおいては女の問題を捉えること、
それは必ず利用することが出来る
これをイギリスに時って行ったらとうか、イギリスでは女の問題は問題にならない
イギリスではロイド・ジョージがユダヤ人の思いの儘になった人間です
が、このロイド・ジョージを考えて見ると、彼は大戦即に大蔵大臣をしておりました
が、そのましたが、この弟であるルファース・アイザックスを通じてゴットフレー・アイザックはロイド・ジョージと印合になった、
ゴッドフレー・アイサックはフメリカからマルコニー無線会社の株を□って
任職中に弁護士のルファース・アイザックスと印合になった、
これは名前の示す通りユダヤ人でありまして、
彼の兄にゴッドフレー。アイザックスというのがおりますが、
これはアメリカのマルコニー無線会社のロンドン支店長であり来た、
そうして沢山の株を持って来たのですが、
それをロイド・ジョージにも分けてやり、それから時の首相をしたアスキスにも分けてやった、
その外ユダヤ人で逓信大臣のハーバート・サミエルにも分けてやった、
色々の政治□に分けてやった、
さらしてマルコニー無線電信というのは非常に古い特許で大した値打はなかった
が、これをイギリス中に拡めるようなことを考えて、
そうしてマルコニー会社の株を上げて行った、
終に三倍になり四倍になり、ロイド・ジョージは千株分けて贅った
が、その株が非常に□□した時にこれを売ってしまった、
外の政治家もこれを会ってしまった、
勿諭当のルフアース・アイザックスも高くなったので之を売ってしまった、
そうして莫大な金を□けたわけです
これは後にイギリスの議会の問題になり、非常な討諭を□わしたのです
が、ロイド・ジョージは自分の家の財産の表まで作って自分の渓白を讙明するというような事で見がついた、
この事件以来ロイド・ジョージはユダヤ人に頭が上がらなくなって、
彼が首相となると同時に、大臣としてユダヤ人が二人内閣に入って来る、
四人の枢密顧問官が出来る、
その他□視総監であるとか、或は検事総長である
とかそういうようなものを皆なユダヤ人で占あてしまうという状熊であった、
ロイド・ジヨー等の□失墜する
と同時に、これ等のユダヤ人も皆なその要職から退いてしまった
以上は英米だけの話であります
が、フランスに於ても同様にボアンカレー、それからブリヤンなどやわり脛に傷持つ男で、
ボアンカレーはスエズ運河が大戦即フランスからイギリスに売渡ざれる時の事件に関係してをった、
そうしてこの時の、リセッフス事件と言いますが、
スエズ運河を開鑿設計した男に絡まった事件があって、
その事件に関係したフロスバー・ネグメリー会社から莫大な賄賂を□っている、
それ以来ホフンカレーはユダヤ人の言う儘になっている
ブリヤンは満洲事変の時に国際連盟において日本に楯を突く時に非常に活躍した男であります
が、このブリヤンは一九〇五年に彼の郷里であるサン・ナゼールで強姦の譲に依って数箇月の□役を喰った事がある、
その時に弁護士としては癖護士会から除名されるというような事件があった、
それも余り世間に知られずにをった
ので、それをユダヤ人が利用して、彼を政治家として成功させ、そうして思□いうような事熊も起った、
これはホンの二三の例に過ぎないが、こういうような事件は沢山めっただろうと思われるのであのます
それから一寸日本の政治家についても申上げたいと思います
が日本ではユダヤ人とは願もスッカリ双っておる
し、民族として非常に容易く区別することが出来る、
そのためにユダヤ人が日本の代表として出かけるというようなことも不可能である
し、ユダヤ人が政治界を牛耳るというようなことも不可能であるかも知れない
が、茲に怖れなようならぬのはユダヤ人にのつびきならぬような人物が出来るということでありまして、
大開においてユダヤ人は金と女というようなものを持って来て政治家を利用しようとしておりますから、その点について充分に□政をしたならばよいと思う
排猶か親猶か
本社
最後にユダヤ利用とそれから排猶乃至親猶の問題がある
宇部宮希洋さんあたりは「今まで何処の国にしらユダヤを利用しようとしたことは、それは毛唐の考え方をしたからいかんので、日本は八紘一宇の大理想を以て本当に彼等に道義的に臨むならば、彼等だって同じ東洋民族であるし、「絡になって行けぬことはない」というようなことを営ってをられるのが私の注意を意いたのですが
浜野
ユダヤ人はユダヤ人としての一致した考え方があるのでしかもユダヤ人を利用する関合にユダヤ人以上の金力実力を持ってこれをコントロールするならば初めてなし得るのである
が、さもななして、ユダヤ人に対抗し得るだけの経済力を持たすしてとれを利用することは必ず失敗に終るのであります、
過去の歴史からもカイヤルやナボレオンもユダヤを利用しようとして失敗したのであります、
恰度それと同様に、今日上海において我々が財力を持っておる既成財産と数において多くなって来ておるこのユダヤ人を利用しよう、それには彼等に安住の地を与
(十) 口先とは全然違うユダヤ人の肚の中 日本人には協力しない
えることによって我々の傘下に馳せ参ぜしめることが出来るというような考え方をしておるのですがこれは火きな与謬であると思います、
というのは、これは利用論が出た時には、或る種のユダヤ人は非常に恩恵としておるというようなことを会ったのです
が、その当時のチャイナ・ウイクリー・レビューの如きは―ユダヤ人は成る程楊樹浦に入れて貰ったことに対して、日本人に対じて表面は有難いと言っておる
が肚の中では心の底から有難いと思っていない、
ユダヤ人収容所であるとか、彼等の経費は何処から来ておるか、
それは上海のユダヤ人及びアメリカのユダヤ人から来ておるのではないか、
それと世界的のジョイント・ディスツリビューション委員会、既ち同族救済委員会であるがそこから来ているので(当時約米弗二万弗が毎月来た)斯うした金が来てそうして収容所はユダヤ人であるカードリー・サッスーンの持っているものに住んでいる、
日本人には恩恵を寥っていない収容所も我々に対する経費も我々の同族が出している、
ただ我々に住居を与えるというだけで何んでこれを□とするか
ということを裏では言っておったのでありまして、
斯ういうことからいっても肚の中から決して我々に恩恵を感じていないのであります
から、昨年の工部局の市参事会員の選挙の時でもコダヤ人を利用して日本人二名(現在三名)を一躍五名にしようという目算を立てたのです
が、これも実は思うように行かなかった
のは、ユダヤ人が決して我々日本人のために協力するものでない
ということが結果から判るのであります、
先ず私達の考えでは利用不可能論であるという結論に達するのです。
長谷川
ユダヤ人の政策というものと、日本の八紘一宇の精神というものを一対比較して考えて員はなければならぬと思う、
ユダヤ人の所謂世界征服の野盟は何処までも排他的なので、他民族は大猫同様どらなっても構わぬ、
自分達の民族だけはこれは神の選民として栄える権利があるのだと思っている
ので、八紘一宇の精神というのは、決して他民族を排□して他民族はどうなっても構わぬというようなのでなく、これは世界を一君万民の神の秩序ある国家に造り上げるというのが八紘一宇の精神である、
それならば片つ方は世界征服というような排他的の野盟を持っており、
我々は世界の民族を一丸としたような非常に円満誠なの理想を持っておる
のであるこれを対立させて考えることは勿論出来ないのであって、
それかといって、彼等の野□をその儘にして我々は八紘一宇の精神の中に入れるということも出来ないのである、
この点など宇都宮希洋さんにも分って頂けると倡ずる
酒井
一寸長谷川さんに質問があるのですが、
長谷川さん達が言われるところの所謂ユダヤ禍でこさいますが、
彼等は世界の凡ゆる民族をユイと称してとれを利用しようとしておる
が、そういうことは又逆にイギリス人つまりアングロ・サクソンがユダヤ人を利用したり、
それからアングロ・サクソンを中心とするアメリカ人がユダヤ人を利用しておるというような観方は出来ないものでせらか?
長谷川
これは本当にあることと現われたこととごつちやにした考え方ではないかと思う、
本当にあるのはユダヤ人を利用は出来なかったのである、
それから我々の眼に現われたのはユダヤ人を各国が利用し得たと、そういう風に現われておる、
さら見るのが本当ではないかと思う、
例えばイギリスはユダヤ人のお蔭で東洋辺りに迄はびこって来非常に勢力を残した、
アメリカもユダヤ人のお蔭で経済的に世界に□を唱えるようになった、
如何にもその状態を見た時にイギリスもアメリカも非常な発展をした、
これはユダヤ人のお陸ではないかというようなことも考えられる
が、それをもう一つ深く考えて見ると、一体イギリス人のイギリスというものは現在存在しておる
か、アメリカ人のブメリカが現在存在しておるのか、
斯く見た時に、イギリス決してユダヤ人を利用し得たのではない、
アメリカもユダヤ人を完全に利用し得たのではない、
さらいうことが急言い得られやしないか
本社
要するに廂を借して母屋を取られたというようなことになるのですね?
長谷川
さらいうふうに考えなければならぬのではないかと思います。
本社
そうすると日本人のユダヤ利用はやっぱりそういう敞腹むのではないかと……大和民族は何処かへ抛り出されて、国際法上の日本は栄えても、その中の御主人公は、蓋を開けて見たらユダヤの勢力が入っておったというようになるのではないかと思われるのですね?
長谷川
私はそういう風な考え方はしない、
日本という国は決して亡びる国でもなければ、
又日本人は他民族のために支配されるというような民族ではないと、
さらいうことを私は提倡しておるのでどざいます、
それで私が利用していかんというのは、ユダヤ人を利用するというのは何を利用するかといえば金を利用するかといえば金を利用する、
物質を恵んで貰うとか、そういうことをユダヤ利用論者は考えておるが、私達は金を借りたって決して日本の国力が発展するものではない、
それから文々物資を思んで費ったって、日本がそのお蔭で以て伸びて行くのではない、
日本を伸ばすものは日本の内部の力でなければならないと考える、
それですから金ネ借りたり物資の供給を得たりしたならば本当の日本の力は出て来ない
[写真(写真はユダヤ避難民□山収容所)あり 省略]
(11) 両建主義に徹した日露役の暗躍ぶり 戦争も金儲けの一手段
日露戦争とユダヤ人
本社
日本人が過去において一般に確信しているユダヤ利の事実がある、これはつまり日露戦争で何かの金を借りた、それで大いにユダヤの援助を受けたと日本人は考えているわけなんです、その結果がどうであったか、果してこれが日本人が考えているように利用したのか、却てユダヤ人に日本人が利用されたのか、そのところをお話願いたい。
長谷川
フランス革命で西部のヨーロッパにおけるユダヤ人は解放されてしまった、
それから東部におけるユダヤ人も徐々に労力を発展さしてをった、
それから最東部にあるところのロシヤにおいては可なりの迫害を受けておる、
このロシヤにおけるユダヤ人を救わなければならない、
ユダヤ人は□国を東欧の大□族といっておる
が、この大□族を数たなければならないというようなことを者えてをった、
この日露戦争を起したのもロシヤ人が起したとか、或いは日本人が攻奪を始めたとか、そういうことを考える前に、ロシヤのったかということを考えなければならぬ、
これにはウィッテの力が大部分でウィッテの妻はユダヤ人であって、
ウィッテはユダヤ人と切っても切れないものがある、
ロシヤの東漸政策を助けたのもフランスのロートシールドが財政的に非常な援助を興えてをった
段々東漸して日本にぶつかって来たのもウィッテの蔭にユダヤ人があったからということも言い得られるだろうと思う、
その時に日本も朝鮮にまでロシヤの労力が伸びて来るということは黙視出来ない、
当然職争にならなければならないということになった
この時に日本は財政的に困ってをった、
それを日本の財政を助けたのが、高□是清さんがロンドンに渡って交渉を始めた相手であって、
アメリカのクン・ロエブ商会のジェーコブ・シッフであって、
仏のロートシールドと米のシッフとの間では蔭でちゃんと手が□られてをった、
片つ方はロシヤを援助し片つ方は日本に金を貸す、
之は何時も言われる通りユダヤ人の両建主義或は分散危険―危険を分散させるという、
片つ方だけに投資をすればその投資した片つ方が資けた時には彼等としては無一物になる、
それを両方に投資するそうして危険を分散させる、どつちが勝っても宜いようにしてある、
そうして最終の彼等の目的はロシヤを叩くにある、
であるから日本の或る将軍がストックホルムに行ってロシヤ革命を工作した時にはジェーコブ・シッフが金を出し、
それからジェーコブ・シッフ自身もロシヤに革命家を送るということに非常に努力をした、
その結果として一九〇五年の第一次のロシヤ革命が起り、日本は満洲において大勝利を得たのであった
それからもう一つ考えなくちゃならないのは日露戦争が済むと同時にアメリカにおいては排日ということが起った、
実際においてこの排日というととが何処から起って来たかというと、ユダヤ人から起って来た、
その点はフオードの書物なんかにも現われておる
がアメリカにおけるユダヤ人の同体或はユダヤ人を保護する□□、
そういうものは全部排日業を兼ねてをった、
そういうことからも分るのではないかと思う、
即ち日露戦争に日本を援助したのは唯ロシヤを撃たんがためであった、
ロシヤを撃った後は□く排日の傾向が出て来るのでユダヤ人は決して最初から日本に対しては好意を持っていなかったということも言い得られるだろうと思う。
本社
日露戦争のお話で、大体こっちがユダヤを利用して金を借りてロシヤを撃ったが、豈円らんやユダヤ人からいえば金を貸してやって、高い利子を取上げて、そうしてその上に日本の武力を行使してロシヤを撃ったという結果になったわけですが日本としては重要な満洲を確保し得たということになったのですね、ユダヤの方から言わせると日本の武力を行使させてロシヤを撃ったという、要するに利用したと云う気持でいるのでしょうが?
長谷川
そういうことになる
先程もお話があったが、ハリマンが態々日本にやって来、満洲にも渡り、満鉄を横取れしようというような計量を立てた、
僅かの端金でそれを売渡すような契約までした、
その時の彼の意国からいって満洲はどうせ彼等のものになる、
日本が戦争によって満洲の権利を称ったところでどうせ経営困難である、
当時は戦後の財政難の時であるからあれを売渡さなければならぬというようなことも見込んでいたから……
本社
露国全権としてウィッテが乗込んで行ったのはユダヤの労力を知っておったからでしょうね
長谷川
熊々ニューヨークのゲットーまで出かけて行ったユダヤ人の長老に握手までして
そのお蔭で以て講和会議の機運が有利になったということですが
本社
それから後アメリカの資本がソウエートの方に行っておりましょうか
長谷川
最近のことは存じませんが、物資がソウエートの方に行っておることは事実でありますね、
それから戦争以前には五十程のアメリカの主な会社がどんどん資金をロシヤに送って、
ロシヤの五ヶ年計量、十ヶ年計量に用いたという記録は可なりある。
本社
要するに、アメリカと共産主義のロシヤが手を握るというようなことはユダヤ問題を通じてからでないと理解出来ない。
長谷川
あれは一九三六年でしたか、リトヴィノフがアメリカまで出かけて行って、アメリカがソウエートを承認するというような時期もあった
本社
それから今島さん、何か参考になるお話は特にないですか
便宜主義的対策を排す
今島氏
本質論から来たものを常に考え乍らユダヤ民族の対策ということを考えなければならない、
即ちそれは便宜主義の□に陥ったり思付き的泥縄式であってはならないという事である、
翻って満洲ユダヤ即ち在満アシケナジム派ユダヤと上海ユダヤとの関係に就て考察して見る
と、満洲ユダヤと最も密接な関係にある上海アシケナジム派ユダヤは英国□を主とするセフアルジム派に依存している状態である
から、之が施策については日満支共に一元的でなければならいと考える。
而してユダヤ民族の移民史を見るとき彼等は恰も根強き雑草の如きものである
からこれを放任したり確固たる対策なき場合はアジアの美田も不知不識の間に□食さるる□れ充分にありと云うことを認識する要がある
ただ彼等の欠点たる農耕に適せすということも直接に武力を持たぬと云うことに着額して根本的な対策を講ずる要ありと考える、
私は要するに□にユダヤ問題に限らず□民族工作一般につき次の如き結論を持するものである、
即ち
異民族の指導問題に就いては其の指導者が如何に天才的存在であっても乃至はその工作が如何に鬼神的であってもその指導者の所属する祖国及び民族に依存すること絶対である
が故に、若しその祖国及び民族にして統一を欠き、或は国体ならんか、天才も鈍物化し、鬼神も□智恵に終るとは世界の民族与亡史に銘記する処である
から日本国及び日本民族の悠久なる生命力を儘仰する我々の特に省察すべき秋と考える
本社
どうも長時間に亘り色々お話を伺わせて戴き有難うございました
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